【はじめに】
月経随伴性気胸とは、子宮内膜症が原因でひきおこされる気胸です。
子宮内膜症とは子宮内膜組織が本来あるべき場所である子宮を飛び出し、別の場所に定着してしまうという病気です。
日本の子宮内膜症患者数は2006年の時点で12万人に達したとも言われます[1]が、子宮内膜症と気づかずに過ごしている人も含めると、潜在的患者数はもっと多いと考えられます。
子宮内膜症の多くは卵巣・卵管、子宮の靭帯や筋層、ダグラス窩など骨盤内の生殖臓器で見られますが、腸管、膀胱、皮膚、脳、臍、肺など、骨盤内の生殖臓器以外に内膜症が生じることも稀にあります。
これらの稀な内膜症は、総称して“稀少部位子宮内膜症”と呼ばれています。
子宮内膜症のうち、肺・胸膜・横隔膜に子宮内膜組織が定着してしまうものを“胸腔内子宮内膜症”・“胸隔内子宮内膜症”…と言います。
“月経随伴性気胸”とは、なかでも気胸を併発する病態を指し、血胸を併発するものは“月経随伴性血胸”、喀血を併発するものは“月経随伴性喀血”と呼ばれます。月経随伴性気胸は胸腔内子宮内膜症全体の8割を占め、稀な胸腔内子宮内膜症の中で最も頻度の高い病態です[3]。
ちなみに“気胸”は病名ではなく、あくまで病態を示す名称です[4]。気胸と一口に言っても、自然気胸や外傷性気胸の他に、月経随伴性気胸やLAM(リンパ脈管筋腫症)や間質性肺炎といった気胸を起こす大元となる病気が潜んでいる場合があることには注意が必要です。
【月経随伴性気胸の症状は?】
《気胸の起きる時期や場所は?》
・生理前後や排卵前後に気胸を発症する、または胸部に痛みや違和感を生じる
・気胸を発症したり痛みや違和感を感じたりするのは9割が右側[5]
・月経随伴性気胸において左側の気胸発症は1%以下[6]
《気胸になるとどんな感じ?》
・おじぎをしたり体を動かしたりすると、鎖骨や背中のあたりで「ゴボゴボ」「ポコポコ」と変な音がする
・ちょっと動いたり話したりするだけでも息苦しい
・鎖骨や背中が痛い(筋肉痛のようだったり、捻ったようだったり、鋭い痛みだったりと感じ方は様々)
・ひどい肩こりまたは首こり
・空咳が出る
《その他》
・月経随伴性気胸の人の8割は骨盤内にも子宮内膜症を併発している[7]
・発症年齢は20代から閉経までと幅広いが、そのピークは30代後半[8]
・子宮内膜組織の定着する場所としては横隔膜が多く、胸膜や肺に子宮内膜組織の定着が見られることは横隔膜ほど多くない。
先述のように、月経随伴性気胸とは通常ならば子宮にあるはずの子宮内膜組織が胸腔(肺や横隔膜など)まで飛んでしまい、生理周期の女性ホルモン変動に胸腔内の子宮内膜組織が影響を受け、生理周期に同期して気胸を起こしてしまう女性特有の病気です。
通常子宮の中では、生理期からエストロゲンが子宮内膜を育て、排卵を過ぎるとプロゲステロンがさらに内膜を厚くし受精卵の着床に備えます。着床が成立しないと、エストロゲンとプロゲステロンの効果が切れ子宮内膜は脱落することで生理となります。
月経随伴性気胸ではこれと同じようなことが胸腔でも起こります。
月経随伴性気胸とは、子宮内膜組織が脱落した時にその場所に穴が開き、もともと空気の入っていない胸腔内に空気が入り込み肺を押し潰すことで気胸を起こしてしまうのです。
脱落した部位が出血すると月経随伴性血胸や月経随伴性喀血となります。
事実、月経随伴性気胸患者の9割が、生理前日から生理開始後2日以内に気胸を発症するという報告があります[9]。また、排卵前後や黄体期に気胸を発症することもあります。
【月経随伴性気胸の原因って?】
なぜ胸腔にまで子宮内膜組織が飛ぶかについては、原因が明らかになっていなのが現状ですが、下記のようにいくつかの説があります[10]。
1.血液の流れに乗って子宮内膜組織が各臓器に到達する
2.卵管から腹腔内へ子宮内膜組織が逆流し、腹腔内を泳いで横隔膜(腹腔と胸腔とを隔てる筋肉の壁)に辿り着いてそこに定着す る。
3.胸膜の細胞が、なんらかの原因によって子宮内膜のような組織に変化して増える
しかしこれらいずれの説においても、なぜ月経随伴性気胸の殆どが右側で発症するのかについてはじゅうぶんに説明ができず、まだまだその原因や発生メカニズムについては分かっていないことが多いようです。
【検査ではどんなことをするの?】
《レントゲン》
気胸になっているかどうかは、胸部レントゲン撮影で診断します。肺がどの程度まで縮んでいるかを診断することができます。
呼気と吸気の撮影、正面と横からの撮影など、幾通りも撮る場合もあります。
なお、月経随伴性気胸の場合、肺の収縮率は自然気胸などと比較して軽度な場合が多いようです。月経随伴性気胸の多くが横隔膜の子宮内膜症であり、腹腔からの空気の流入量は肺からの空気の流入量と比べて少ないことがその理由と考えられます。
《胸部CT検査》
より詳しく気胸の状態を調べるために行うことがあります。横隔膜ではなく、肺に気胸の原因となる風船のような病態(ブラ・ブレブ)がないかどうかを調べることができます。
ベッドの様な台の上に寝たまま、ドーナツ型の撮影機体が体の撮影部位の上まで動いてきてスキャンします。MRIと違い狭い空間に入ったりしないので、閉所恐怖症の方でも怖くありません。もちろん痛みもありません。
《胸部MRI検査》
胸腔内に存在する子宮内膜組織を確認できる場合があるそうです。しかし組織の量が多くないと診断は困難のようです[11]。
CTと似ているイメージがあるかもしれませんが、CTは放射線、MRIは磁気を使って撮影します。
MRIは放射線被曝がなく体への負担が少ない反面、狭い筒状の機械の中に体を入れることと、撮影中は機械の動く音がかなりの大音量であることから、閉所恐怖症の方にとっては少々辛い検査かもしれません。
ちなみに多くの病院では、MRI撮影中にヘッドホンを装着し音楽を聴くことができるようです。
《CA125検査》
血液検査で測定することのできる腫瘍マーカーの一種です。
数値の高さで子宮内膜症の有無を推測することが可能ですが、骨盤内の子宮内膜症や他の疾患でも上昇することがあるため、これだけで月経随伴性気胸と確定診断することはできません。
既往として骨盤内に子宮内膜症があるかどうかの判断の一助になりますが、骨盤内に子宮内膜症がないか、あるいは軽度の場合でも、月経随伴性気胸を発症する可能性はじゅうぶんにあります。
現に私たちの仲間うちでも、CA125マーカーは正常範囲内の方はいらっしゃいます。私もそのひとりです。
正常値の基準については病院によって多少異なるようですが、おおむね35μ/ml以下を正常範囲とする病院が一般的のようです。
《胸腔鏡検査》
場合によっては局所麻酔下で胸腔鏡検査をし、子宮内膜組織の痕跡を直接目視で確認し月経随伴性気胸の確定診断を下す場合があります[12]。
《病理検査》
胸腔鏡手術によって摘出された病変に子宮内膜組織等が含まれるかどうかを顕微鏡で確認することで、月経随伴性気胸の確定診断に至ります。
しかし私を含め、手術で摘出した病変から子宮内膜組織が検出されなかった例も仲間うちでいくつかありました。
この場合、毎月の生理周期と同期した反復する右側の気胸という状況証拠から、月経随伴性気胸と診断されることになります。
【月経随伴性気胸の治療は?】
月経随伴性気胸の治療には、呼吸器外科での胸腔鏡手術と婦人科でのホルモン療法の2種類があります。
胸腔鏡手術では外科的に病変部分を切り取り、ホルモン療法では薬によって生理を止め女性ホルモンによる影響を一時的に断つことによって子宮内膜組織の萎縮を期待します。
下記に参考として、二つの治療のメリットとデメリットを挙げます。
ちなみに胸腔鏡手術とホルモン療法は、微妙に目的が異なる治療方法だそうです。
☆手術の種類
胸腔鏡手術、稀にごく小さな開胸手術となることも。
胸腔鏡手術の場合、一般的には1~2cm程度の傷口を2~3箇所ほど作るだけで手術可能。
☆胸腔鏡手術の目的
気胸の原因となる病変を切り取ること。
☆胸腔鏡手術のメリット
病変を切り取ってしまえば、その部分に関しては再発しない。
☆胸腔鏡手術のデメリット
目視で確認することのできた病変のみ切除するため、いずれ気胸を起こすかもしれない予備軍的な小さい病変までは取り除けない可能性がある。
★ホルモン療法の種類
・GnRHアゴニストというホルモン剤による偽閉経療法(製品名:リュープリン、スプレキュア、ブセレキュア、ナサニールなど)
・ダナゾールというホルモン剤による偽閉経療法(製品名:ボンゾールなど)
・中容量ピルによる偽妊娠療法(製品名:プラノバール、ソフィアAなど)
・低容量ピルによる偽妊娠療法(製品名:ルナベルなど)
・プロゲステロン受容体に作用し、LHサージや卵巣機能を抑制することによる治療(製品名:ディナゲスト)
★ホルモン療法のデメリット
病変を切除するわけではないため、投薬終了後の再発率が高い。
偽閉経療法に用いられる薬は副作用が強いため、厚生労働省から連続使用は半年までと定められている(半年休薬すれば再び半年間使用することができる)
※偽“閉経”療法とは人為的に体を閉経状態にすることで生理を止める治療法のこと
★ホルモン療法の目的
女性ホルモンを抑えることによって、子宮内膜組織が萎縮ないしこれ以上育たないようにする。
★ホルモン療法のメリット
子宮内膜組織を萎縮させることができる(かもしれない)。
生理が止まるので、理論上ホルモン療法中は気胸が起こらない。
★ホルモン療法のデメリット
病変を切除するわけではないため、投薬終了後の再発率が高い。
偽閉経療法に用いられる薬は副作用が強いため、厚生労働省から連続使用は半年までと定められている(半年休薬すれば再び半年間使用することができる)(偽妊娠療法は長期服用が可能)。
実際は、その人の状況やライフプランによってどちらか一方または両方を併用し治療しますが、ホルモン療法のみでは再発率が50%と高く、近年では胸腔鏡手術が有効であると報告されています。また、胸腔鏡手術の後にホルモン療法を併用する例が一般的になりつつあるようです[13]。
《参考文献》
栗原正利: 気胸の診断と治療①女性気胸-月経随伴性気胸. 日本医事新報2008; No.4368
本原研一, 片淵秀隆: 特異部位子宮内膜症の臓器特異性と組織発生-オーバービュー. 産科と婦人科2010; 12号
熊切順: 月経随伴性気胸. 産科と婦人科2010; 12号
栗原正利: 月経随伴性気胸の診断と治療. 産科と婦人科2011; 11号
[1] Wikipedia 『子宮内膜症』参照
[3] 熊切順: 月経随伴性気胸. 産科と婦人科2010; 12号: 1475
[4] 栗原正利: 気胸の診断と治療①女性気胸-月経随伴性気胸. 日本医事新報2008; No.4368: 49
[5] 熊切順: 月経随伴性気胸. 産科と婦人科2010; 12号: 1476
[6] 栗原正利: 月経随伴性気胸の診断と治療. 産科と婦人科2011; 11号: 1358
[7] 熊切順: 月経随伴性気胸. 産科と婦人科2010; 12号: 1476
[8] 栗原正利: 月経随伴性気胸の診断と治療. 産科と婦人科2011; 11号: 1358
[9] 栗原正利: 気胸の診断と治療①女性気胸-月経随伴性気胸. 日本医事新報2008; No.4368: 50
[10] 栗原正利: 月経随伴性気胸の診断と治療. 産科と婦人科2011; 11号: 1358
[11] 栗原正利: 月経随伴性気胸の診断と治療. 産科と婦人科2011; 11号: 1359
[12] 栗原正利: 月経随伴性気胸の診断と治療. 産科と婦人科2011; 11号: 1359
[13] 熊切順: 月経随伴性気胸. 産科と婦人科2010; 12号: 1478-79