プロフィール

・年齢:30代後半

・仕事:医療関係

・神奈川在住

・既婚、子どもはいませんが、可愛いわんこ2匹と夫と暮らしています。

・骨盤内子宮内膜症あり

(気胸の発症しばらくして大学病院へ移った後、産婦人科医師にMRI検査を希望して発覚。30歳の時に行った最初の不妊治療のクリニックでは子宮内膜症のことは全く言われなかった。子宮内診時に「子宮後屈だねっ。」って言われたのみ。(たぶん、内診にて子宮後屈・動きが悪い時点で、内膜症を疑う必要があったと思う。)

 

・病歴

2013年 不妊治療中、排卵誘発剤・ホルモン補充を行い人工授精3回行う。富士登山のために不妊治療を1か月間休んでいた8月、生理2日前に右背中の痛み、前屈姿勢で空気が動くようなポコポコを感じる。横になると咳き込み、呼吸とともに右胸からポコポコと音が聞こえる。一日休んでも変わらないため、翌日呼吸器内科へ受診し、胸部X-P撮影し軽度の気胸と診断を受ける。女性気胸ということで、生理の予定日を聞かれると2日前あたり・・・。もしかしたら、月経随伴性気胸かもしれないことを医師より告げられる。しかし、1回目の気胸では臨床診断は難しいため、肺の虚脱が回復したあと胸部CTを撮影し、ブラがあるか確認することとなった。2週間後、CT実施し結果、ブラなどの所見なし。今後の生理との関係を見ていくこととなる。なので、富士登山中止・・これで無理して行っていたら、私はこの世にいないかも・・(笑)。

 

そして、9月 10月 軽度気胸再発。生理当日。

 

生理時期と重なる気胸の再発を繰り返しているため、今後手術が必要になることを説明され、呼吸器外科へ紹介状を書くと医師に言われる。不妊治療中であったため産婦人科と呼吸器外科のある大学病院を紹介してもらうことになる。

大学病院の呼吸器外科では、この病気の患者は年に1名程度しかみていないと・・・。 私はまだ軽度の気胸のみだから、この状況だと手術はまだ早いと説明される。ドレーンなどの処置が必要な時に一緒に手術を行うのが負担も少ないため、このまま経過観察となった。また、妊娠すれば気胸にもならないと思うから、不妊治療をしてもいい・・・・・とも話される。治療方針、ああああああ、曖昧・・・・・、じゃ不妊治療するか・・・って決めたけど、これが・・・。

辛かった。不妊治療の専門病院では治療を断られ、待ち時間が長い大学病院での不妊治療、不妊治療の再検査、費用も増し、気胸を繰り返しながらの体外受精。

結局、こんな身体と精神状態だとうまくいくものもいかない・・・。そして、プロゲステロン製剤のアレルギーも出てしまって・・・。体外受精3回やって、あきらめました。正直、私は産婦人科医なども含め、ご縁がなかったなあって思います。

 

その間に自分でこの病気の勉強(桔梗の会 学習会の参加など)をしていて、もう曖昧な治療方針や必ず再発する可能性が高い説明、症例数の少ないことで見えてこない今後を考えると、やっぱり症例数の多い、一番この病気をしっかり説明できる玉川病院で手術を受けようと決心し、大学病院の呼吸器外科主治医(教授!?)に紹介状をお願いしたら、「もし今後何かあっても僕たちはみない、救急の医者が見るから僕たちは関係ないです。○○先生に言っておきますから・・・」って言われました。最後に看護師から「紹介状はあとで電話にて確認後、取りにきてください」と言われ、1週間後電話したら書いてない。結局、一番最初に診てくれていた若い先生に電話でお願いして、その先生は本当に良い素敵な先生で親身になって相談にのってくれましたが、あの教授に手術されたくないので紹介状を書いてもらって、大学病院はバイバイしました。

 

玉川病院へは手術をすることを決め受診したので、栗原医師の診察時にはすぐに検査入院予約をお願いしました。「桔梗の会」の学習会に参加していたので、治療内容も先生のすばらしさも知っていたので、不安なく、そして、力強い先生のこの病気の説明を受け、気持ちは揺らぐことなく決められました。検査入院2泊3日で月経随伴性気胸と確定診断を受け、1か月後手術。検査入院は、胸腔鏡検査が一番の山場。局所麻酔後ドレーンを入れるように右胸に穴をあけ、軽く気胸を起こした状況で胸腔の中にカメラを入れ、肺・胸壁・横隔膜とチェックし10分程度で終わり。これは局所麻酔をかけているので、私の感想はその前の点滴を入れる時の方が痛かったと思っています。そのあと、1日ドレーンの管は入れておき、次の日抜きます。1週間程度違和感はあるけど、その後は普通に生活できました。

 

手術のときは、たまたま生理前日だったためなのか、肺に子宮内膜病変とともにブラあり(検査入院時や以前のCTなどでは、ブラは一度もなかった)、結紮にて切除し酸化セルロースでカバーリング、横隔膜・胸壁にも病変があり、切除し同じくカバーリングして頂きました。(酸化セルロースを使う理由は保護したい表面には1か月ぐらいでゆっくりカバーしてくれて、反対側の臓器には癒着しないというものらしいです。これは、私が学習会や学会などの以後参加して得た情報なので、実際にカバーリングというのにどんな素材を使っているかは、病院によって違うのでご自身で確認してみてください。)

私は軽度の気胸を8回繰り返しただけなので、手術で初めてのドレーン生活でしたが入院生活は良好でした。玉川病院は気胸専門センターだけに、気胸女子も多く、お友達もできました。夜中のおばあちゃんの認知症状には少し困りましたが、無事退院。

 

術後は再発なく、2年が経過しています。なので、不妊治療を再開しようと思っていたのですが、一度行ってみたら、以前の辛い気持ちを思い出してしまい、帰りの電車で悲しくて辛くて・・・。不妊治療は夫と相談し、やめました。術後再発なく経過しているので、不妊治療も不安なくできると思うのですが、メンタルがついていかなかったで。今は、骨盤内の子宮内膜症の症状で排便痛があるので、ルナベルLDを飲み始めています。今は玉川での手術とピルで、再発ない生活を送れるようなベスト治療を受けているので、仕事をパートで再開し、犬との散歩・ドッグランで一緒に走れるようになり、日常生活でストレスをためないようにして元気に生活しております。